1. なぜ「発災後72時間(3日間)」は社内待機しなければならないのか?
「地震が起きたら、社員を早く家に帰してあげたい」――そう考える経営者や人事担当者は少なくありません。しかし、首都直下地震において発災直後の帰宅を促すことは、社員を極めて危険な状況に晒すことになります。
大規模地震発生直後の72時間は、「人命救助の黄金時間」と呼ばれます。倒壊家屋や火災現場からの救出活動において、生存率は72時間を境に急激に低下します。この間、都内の道路は緊急車両(消防・警察・自衛隊)の専用路となり、一般人の徒歩帰宅者が車道・歩道に溢れ返ると、救助・消火活動が完全に麻痺してしまいます。
事業者は、地震等の発生時において、従業員等の施設内待機を図るなど、一斉帰宅を抑制するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
2. 従業員数に応じた「72時間備蓄」の基本計算式
都条例では、従業員が一斉帰宅せずオフィス内に留まるために必要な物資として、以下の備蓄が求められています。対象人数は「正社員」だけでなく、派遣社員・パート・来訪者を含めた「最大在館人数」で算出する必要があります。
| 備蓄品目 | 1人あたりの基準量 | 従業員50名の必要総量 |
|---|---|---|
| 飲用水 | 1日3リットル × 3日 = 9リットル | 450リットル(2Lペットボトル225本) |
| 食料(主食) | 1日3食 × 3日 = 9食分 | 450食(アルファ化米・パン等) |
| 毛布・保温具 | 1人1枚(アルミブランケット等) | 50枚 |
| 非常用トイレ | 1日5回 × 3日 = 最低15回分 | 750回分(※最重要死角) |
3. 【最新指針】一斉帰宅抑制から「4日目以降の分散帰宅」へ
「72時間が経過したら全員一斉に帰宅させてよいか」というと、現在の東京都の方針は明確に「NO」です。
発災後4日目であっても、鉄道や地下鉄の運行再開には時間を要し、橋梁の安全点検や余震リスクが残ります。72時間が過ぎた瞬間に数百万人が道路へ殺到すると、二次災害が発生します。そのため現在の実務では、「分散帰宅計画」の策定が不可欠です。
- 第1グループ(徒歩帰宅可能者): 自宅までの距離が5km未満で、安全が確認された従業員から順次帰宅。
- 第2グループ(公共交通待ち): 運行再開した路線沿線に住む社員を段階的に帰宅。
- 第3グループ(遠距離・困難者): 4日目以降も社内滞在を継続。これに備え、備蓄には10〜20%の上乗せバッファが必要です。
4. 多くの総務課が見落としている「3つの死角」
トイレ断水と汚物隔離
凝固剤を買っていても「汚物を密閉するペール缶」や「換気できる保管場所」が未整備でオフィスが異臭で崩壊するケース。
賞味期限切れの廃棄ロス
5年保存食を放置し、期限切れで数百万円分を一括廃棄。日常的に消費するフェーズフリー設計への転換が急務です。
スマホ充電と停電時の熱・寒さ
安否確認でスマホ充電が半日で枯渇。また空調停止による熱中症や冬場の防寒対策が抜け落ちています。
5. まとめ:形骸化を防ぎ、社内稟議をスムーズに通す手順
都条例の対応は、「防災グッズを買い足すこと」がゴールではありません。経営陣に対して「なぜこの予算が必要なのか」「安全配慮義務違反のリスクをどう回避するか」をロジカルに説明することが、総務・BCP担当者の最大のミッションです。
まずは自社の「現在の在館人数」「既存の備蓄数量」「トイレや電源の過不足」を正確に数値化することから始めましょう。